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エデンの東
  




















 愛するものの方向やタイミングが、1つの場所に集まるということは
実はとても困難なことだけど、その答えが見つかったときの素晴らしさは
どこまでも普遍的であるということ。
一人の青年の心の成長は、戦争という不条理を背景にすることでより際立って
表現されていく。

自分の道は自分が選択していくものだという答えを、父から、そして一人の
女性からの心の助けによって最後に受け取ることで希望が取り戻されていく。
キャンを演じるジェームス・ディーンは、可愛い仕草をたくさん散りばめることもできるのに、大人の眼差しを瞬時に女性に差し向けることの出来る人。
柔らかい中にびっくりするほど鋭いものを隠してる、すてきな人。














初釜!
  扇子を一斉に揃えて
“明けましておめでとうございます”
清々しいごあいさつが本当に気持ちが良くて、
その一瞬に、背筋がぴーんとする
今年が始まったという気持ちが本当にやってくる瞬間は、やっぱりいつもこの時

いつにない華やかな雰囲気は、そこに待っているたくさんの道具や色とりどりの
着物のおかげであるのはもちろんのことだけれど、やっぱり一番は、ここに集まる
人々が持ち寄る心がつくるものなんだということが、特に今年は訓えられた

20人もの人が集まって、この日の役割をこの日に決めるということなのに、
表の場も裏の場も、気持ちの良い空気がずっと漂っている
そういう事が一日中続くことって、普段はほとんど出くわすことがないことに
ふと気がついた

褒められたり怒られたり、指導を受けたり黙々と何かに徹したり、色々な
事があっても、誰もが自分に与えられた役割に恥じぬように努めながら、
それは同時に全体をつくっているということを、きちんと心得ているということ

だから一人一人が清々しくありながら、全体が包まれるんだということの
力をぐぐっと感じる事ができたんだ



















スタート2011
  2011
あけましておめでとうございます

昨年の自分はどうだったとか、今年はどうしたいとか、
前後の事よりも、今の自分という“点”が、
どの位置にいて、どんな色をしていて、どのくらい見つけやすい
目印なのかということを、現在進行形で観測し続ける。

前と後ろと上と下は、眼差しを飛ばしたり身体を委ねるのは自由だけれど、
身体の内側の、見えないけれど確かに保たれているものまで、さらわれないように。

いつも“点”から始まって、それが出会うまた違った“点”との間に引かれる線の、
長さや、経路について、認識して、選び取る。

保ちながらも少しずつ変容しているものがいつどんなかたちで表に現われても、
しなやかなであること。

そのために、今の“点”があるということ。




























そのまま

 春から夏に移る頃よりも、夏から秋と、だんだんと寒くなって行く頃が心地よい。
物寂しくなっていくときの方が、ものの温かさに少しだけ近づけているような、感覚があるからかもしれない。
八ヶ岳がよく見える、冬にはたくさんの雪が降る積もるようなところに、自転車に乗りに行く。
山の裾野の一本道を、鋭く走る人たちを脇目にして、自分の車輪が回るリズムの一番心地よい速度を探るように、気持ちよくあちらこちらに脱線する。でも時々、街乗り気分を追い払うような下り坂と見通しの良い道に出会うと、先に目的は無いのに、その瞬間の楽しさをただただ味わう速度に切り替えさせられる。
色々なものに出会う。
びっくりするほど大きい葱畑の緑、サルビア通りの真っ赤な道、キンモクセイのいい匂い、
雲は白いけど、その雲が落とす影はぐんと黒い。
そのままであるということは、こんなにも強いことなんだ。
気持ちがもやもやしているときは、そのままのことを受け入れることが出来なくて、色々なことを自分の都合に合わせて取り入れている気がするけれど、それはすごく損をしているのかもしれない。
そのままのことが入ってきたときに、色々な感情があるということを、まっすぐに確かめていたほうが、
本当の健やかなのかもしれないな。

ルールのこと
 
 自分のルールがあるかどうかということ
それは、自分一人で完結することではないことで結ぶ制約のこと
自己満足と取り違えてはいけないこと

自分と、何か(人や、物や、環境について)との関係について決めることがルール
スポーツやゲームはルールがあるから成立するし、
ルールが自分の行いにセーブをかけるから、その中で色々な思想を起こし、
作戦を立てる

今ちょっと立ち止まって、自分にはいくつのルールがあるだろうと考える
人と会うときのルール
何かを決めるときのルール
どこに行くときにどういうルールを守るのか

それは、ちょっとしたことで良いと思う
例えば、
人と会うときは出来る限り多めにお金を持って出かけること
食べ物を選ぶのに迷うときは、毎日食べても安全だと思えるものにすること
改札で待ち合わせはしないこと
休日を「ハレ」、平日を「ケ」にすること
ゴミは必ず持ち帰ること

どうでも良いように思うこともあるように思えるけれど、
自分が哲学を持って決めたことについてきちんと従うということを
組み立てていかないと、自分を守れないような気がする

もし自分が決めたルールが、その関係を結ぶ相手に失礼なことだと気づいたら、
きちんと正すようにする

ルールは、小さな関係からだんだん大きな関係に至るまでに、
いくつもの層が重なるのが理想だと思う

素敵だと思う人には、何かとても素敵なルールを守っている感じがする


もう秋はすぐそこ

 



恋の歌を聴いているときは恋愛に対して自分がとても寛容であるような気がします
(古内東子 THE SINGLES SONY MUSIC YEARS)


























この週末にはそれぞれにそれぞれの人と
 マン・レイ展の、期待以上の格好良さにびっくり。
結果ではなく過程が創作活動には重要だったからか、いざ結果として残される一つ一つの作品には、それぞれにクオリティの度合いは違うけれど、結果を恐れずにとにかく自分のみたいもの、知りたいものに向かって、頭も体も人並み以上に使い尽くす格好良さ。
でもそれと同時に、そのあふれるような気持ちの中でも汗臭くなくて、瑞々しさや爽やかさを見せ付けられて、このバランスの良さにも、さらに瞼が細くなる。

キャタピラーも、角度は違うけれど、観て良かった。
ここに今自分がいるということが、どれくらい尊いか、自分の性が、果たすことや世にある価値について、まだまだ消化しきれない思いをたくさん預かる。
無責任なことは言えないし、示せないんだ。覚悟をもって撮った人に、覚悟を持って観る。
垂れ流しにしてはならない感情を、どこかで少しでも、整理しなければ。





















満月がきれいだな
 日々は巡り合いのつながりだけど、
特に自分が進んで向かっていった人達とは
いちばん良い繋がりであり続けたい
いちばん良いということ、そのかたちは全て違うから、
いちばんはたくさんになる
そうなれるように、ひとつひとつ、丁寧でありたいと思う

この信念は、自分の歩み寄る方向に、決して狂いは無いという
一つの自負の確立の為でもあるかもしれない

今自分が胸を張って生きているのは、全てまわりの人のおかげだ






















文月
 
 大なり小なり判断して進まなくてはならない度に、
「お茶人はどうするか?」と自分に問う。
方向を間違えたかな、と思うときはたいてい
お茶人としての違和感に不安がつきまとう時のようだ。

いつの間にかこうして、自分の生きるということの道行きの中で、ものすごく強力な
ものさしを得ていることに気づいて、驚いて、静かな感動と緊張が順番に心を満たす。

7月最後のお稽古、お茶入れの立ち上がりに波模様そして蓋の裏には螺鈿のミル貝
誰かが今日の道具組み「白浜」と名付けた。

東京の郊外のあるマンションの四畳半に、どこまでものびやかに続く海が広がった。




















映画
 
 良い映画の場合、私はそれを観てから本当にしばらくの間がないと、感想が分からない。
観ている時はその映画の行き先を追いかけているばかりで、分からないことを分かったような
気分で進んでしまう。でも、観終えたときに、大きな荷物を預かったような映画は、
しばらくその分かったような気分のことについて、きちんと思い返して、そしてまた向き合う機会をたくさん与えてくれる。
ずっと観たくて遂にこの連休に観た。
さらば、わが愛 覇王別姫」は、そして本当に何度も場面が蘇ってくる、私にとってとても大きな映画だ。 およそ50年の、激しく移り行く歴史という荒波を引き金に、人間がむき出しになる。その生々しさも瑞々しさも、それぞれの人間にそれぞれに現われる。人を信じることの全てがここに在る。
そこにある人々の心の真実は分からなくて、そこに答えを見つけたとしても、果たしてそれが不変的な事なのかがまた分からない。 安らぎの感情は決して働かないけれど、心のどこかにずっとしまっておいて、そして時々出てきてほしいような、大きな映画であることは間違いない。

中国の映画が、やっぱり好きだ。
大切な所で、多くの場合、感情は言葉で描写されないから。
そこに一番人間くささを感じるし、私は疑いなくまっすぐに誘い込まれていく。